役員報酬ゼロは危険?税理士が解説する3つのデメリットと注意点

「創業したばかりで売上も少ないし、最初は役員報酬ゼロでいいか」と考える社長は少なくありません。
たしかに、会社設立直後は資金を残すことが最優先に思えますが、役員報酬をゼロにすると、社会保険・税金・信用の思わぬデメリットが発生します。
本記事では、税理士の立場から「役員報酬をゼロにする前に知っておくべき落とし穴」を、わかりやすく解説します。
- 役員報酬をゼロにする場合の手続きについて
- 役員報酬をゼロにする場合の3つのデメリット
- 役員報酬をゼロにしても問題ないケース
役員報酬ゼロにしても大丈夫?結論:法的にはOK

「ゼロでもOK」は本当?手続き上の注意点
まず前提として、役員は労働基準法上の「労働者」ではなく、会社から給与ではなく「報酬」を受け取る立場です。
そのため、役員報酬をゼロに設定すること自体は法的に問題ありません。
ただし、会社法や税務実務上は、以下の手続きを行う必要があります。
| 必要な手続き | 内容 |
|---|---|
| 株主総会議事録の作成 | 役員報酬を「支給しない」旨を明記した株主総会議事録を作成し、会社に保管します。 |
| 就任時の決議との整合性 | 設立時に役員報酬額を定めている場合は、議事録の内容と齟齬がないよう確認します。 |
| 税務署への提出書類 | 特別な届出は不要です。ただし、支給を開始する場合は「給与支払事務所等の開設届出書」の提出が必要になります。 |
いつまでに決める?「3か月ルール」とは
役員報酬は、税務上「定期同額給与」として損金(経費)に算入するために、会社設立日から3ヶ月以内に決定しなければなりません。
この期間を過ぎてしまうと、期中での変更は原則認められず、たとえ利益が出た後に報酬を増額しても、税務上は経費として扱われません。
また、例外的に変更が認められるケースもありますが、非常に限定的です。
| 例外事由 | 内容 |
|---|---|
| 臨時改定事由 | 役職や職務内容が大幅に変わった場合 |
| 業績悪化改定事由 | 経営状況が著しく悪化した場合(*1) |
(*1)法人の一時的な資金繰りの都合や、単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれません。
これらの事由に該当しない場合、期中での報酬変更は「定期同額給与」に該当せず、経費として否認されます。
役員報酬ゼロに潜む3つの大きなデメリット
役員報酬をゼロにすると、「節約になる」と思われがちですが、実は大きな落とし穴があります。
ここでは、社会保険・税金・信用の3つの側面から、役員報酬ゼロに潜む具体的なリスクを解説します。
① 社会保険に加入できず将来の年金・保障が減る
役員報酬をゼロにすると、健康保険・厚生年金などの社会保険に加入できなくなる可能性があります。
社会保険の加入条件は、「法人から労務の対価として報酬を受けている者」と定められており、報酬がゼロではこの条件を満たせません。
| リスク | 内容 |
|---|---|
| 国保・国民年金への切り替え | 原則、社会保険に加入できないため、個人として国保・国民年金に加入する必要があります。 |
| 年金受給額の減少 | 厚生年金が適用されないため、将来の年金が減少するリスクがあります。 |
| 保障の欠如 | 健康保険には「出産手当金」などの保障がありますが、国保にはこれらの制度がありません。 |
| 家族の負担増 | 社会保険の扶養制度が使えず、家族全員が個別に国保へ加入することになり、保険料が高額になる場合があります。 |
② 法人税が増え、結果的に節税にならない
「報酬ゼロなら個人の所得税はかからないから節税できる」と思いがちですが、実は法人全体の税負担はむしろ増えるケースが多いです。
役員報酬は会社にとって「損金(経費)」として扱われます。
したがって、「報酬を支給しない=経費が減る=利益が増える」という構造になり、結果的に法人税が増えます。
また、「3か月ルール」により、期中で報酬額を変更することは原則できません。
想定外に利益が出ても、後から経費計上できず、高額な法人税を支払うリスクが生じます。
③ 金融機関からの信用が下がる
役員報酬をゼロに設定すると、金融機関からの信用評価が下がることがあります。
銀行は融資審査の際、決算書を通じて経営者の収入状況を確認します。
事業融資を申し込む際に役員報酬がゼロだと、「会社のお金と個人のお金を混同していないか?」といった疑念をもたれる可能性があります。
また、役員個人においても、住宅ローンなどの審査で不利に働くケースが多いため、役員報酬ゼロはリスクが大きいといえます。
ケース別|役員報酬ゼロでも問題ない場合
ここまで解説してきたように、役員報酬をゼロにすることには多くのデメリットがあります。
しかし、すべてのケースでNGというわけではありません。
事業の目的や経営者の立場によっては、ゼロ報酬が合理的で問題ない場合もあります。
ここでは、代表的な2つのケースを紹介します。
副業サラリーマンが設立した法人の場合
近年では、副業の一環として「マイクロ法人」を設立する会社員が増えています。
このようなケースでは、本業の給与収入で生活が成り立っているため、法人からの役員報酬をゼロにする判断も妥当です。
すでに本業の勤務先で社会保険に加入しているため、国民健康保険に入る必要もありません。
また、報酬を設定しなければ、給与支払報告書などの事務手続きが不要になり、「副業バレ」を防げるという実務上のメリットもあります。
ポイント
- 本業で社会保険加入済みなら、副業法人では報酬ゼロでもOK
- 事務処理や源泉徴収の手間を減らせ、副業バレのリスクも低減
- ただし、将来的に法人収益が安定してきたら、報酬設定を検討する
配偶者の扶養に入るケース
配偶者の扶養に入っている場合、役員報酬をあえてゼロに設定するという選択も考えられます。
報酬をゼロにしておけば扶養内に収まり、社会保険料の負担を抑えることができます。
したがって、創業初期のように収益が少ないうちは、報酬をゼロにして扶養のままにしておくことも合理的です。
ただし、事業が軌道に乗り、売上や利益が安定してきた段階では、速やかに役員報酬を設定し直すことが重要です。
将来的な成長を見据えるなら、早めに税理士などへ相談し、社会保険と税金のバランスを考慮した最適な報酬額を検討しましょう。
役員報酬に関するよくあるご質問

役員報酬ゼロは節税になりますか?
必ずしも節税になるとは限りません。
役員報酬をゼロにすると、たしかに個人の所得税はかかりませんが、会社にとっては「損金(経費)」が減るため、結果的に法人税の負担が増える可能性があります。
個人と法人の税負担をトータルで比較検討し、慎重に判断することが重要です。
資金繰りの都合で役員報酬を後払いにすることはできますか?
一時的な未払いであれば、一定の条件のもと認められます。
資金繰りの都合で一時的に役員報酬を支払えなかった場合でも、未払いとなったことに相当の理由があり、かつ、短期間のうちに支払う見込みがあり、帳簿に明確に記録されているときは、税務上「定期同額給与」として認められると考えられます。
まとめ|黒字見込みなら「最低限の報酬設定」を
ここまで見てきたように、役員報酬をゼロにすること自体は法的に問題ありません。
しかし、社会保険・税金・信用といった重要な側面で、思わぬデメリットが生じる点には注意が必要です。
短期的には「節約」や「資金繰りの安定」といったメリットがあるように見えても、長期的には経営に悪影響を与える要素が少なくありません。
まとめ
- 役員報酬ゼロは合法だが、社会保険・税金・信用の3リスクに注意
- 副業法人や扶養内など、条件を満たせばゼロ設定も合理的
- 「3か月ルール」により、期中での報酬変更は原則不可
- 黒字見込みがあるなら、少額でも役員報酬を設定するのがよい
役員報酬の設定は、会社の資金繰り・社会保険・税金のバランスを見ながら決めることが重要です。
不安がある場合は、早めに税理士へ相談し、具体的な金額シミュレーションを依頼しましょう。

石田 航平(税理士/経営心理士)
石田航平税理士事務所/イナステラ総合会計事務所 代表
元国税専門官。Big4税理士法人を経て、現在は、売上改善・創業支援に強みを持つ税務会計の専門家として、数多くのフリーランス・企業の経営支援に従事している。
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